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悩み抜いた先にあるもの

森岡 杏さん

2011年3月  法学部政治学科卒業  独立行政法人 国際協力機構

「国際派」の皆さんは将来的には「国際的な仕事」に就くことを希望されている方が多いことと思います。世界の舞台は広く、そして「国際的な仕事」にも様々な形があります。外国語を扱う仕事がしたいのか、日本を拠点としつつ外国の人々と触れ合う仕事がしたいのか、外国を拠点にして働きたいのか。大学で過ごす4 年間は、自身にあった「国際的な仕事」を模索する機会と時間に溢れた貴重なチャンスだと思います。しかし私の実際の大学生活はこれを模索する以前に、自身が生涯を通じ何をしたいのかを悩み続けた4 年間でした。

 

悩み続けた大学生活

幼少期を家族とアメリカで過ごした私にとって「国際的な仕事」への憧れは強かったものの、具体的な将来像を描くことができず、漠然とした期待感をもったまま同志社大学に入学しました。9.11 世界同時多発テロ事件をきっかけに「何故この世界で紛争が起きるのか」と疑問を抱いた私は政治学科の国際関係コースを選択し、世界の仕組みを政治の観点から学び始めました。2年生の時に「紛争」と「貧困」の関連性について掘り下げて学びたいと思い、交換留学制度を利用してカリフォルニア大学バークレー校に1 年間通いました。当時の私はアルバイトや環境イベントの実行委員などの活動にも熱心でしたが、具体的な将来の目標に向かってというより、とにかく自身の興味をもったことに手当たり次第に取り組んでいました。

卒業後の進路を強く意識し始めたのは、留学先での学生仲間や教授たちとの出会いがきっかけでした。NGOや国際機関での経験が豊富な彼らとの交流を通じて途上国への関心が高まったことから、留学直後にガーナに渡りました。NGOインターンとして人権保護活動にあたり、ガーナの社会・経済から取り残された人々の生活を見つめる機会を経て、将来的には開発援助の分野で働きたいという具体的な将来像を描き始めたのはその頃でした。

しかし開発援助といってもNGO・NPOなどの市民団体や、企業、国際機関など関わり方は様々で、3 年生の段階で自身の道を定めることは困難でした。進路選択を迷った私は、とりあえずの目標として「国際的な援助機関で働く」という中長期的なゴールを定めました。国連などの援助機関で働く場合、大学院修士レベルの専門性、そして3 年以上の勤務経験などが求められます。私は進学と就職の両方を視野に、開発分野の修士プログラムがある大学院や、海外勤務のチャンスがある企業について情報収集と準備を始めました。

その中でもJICAは学部生の採用実績があり、専門性も勤務経験も不十分な私にも開かれた数少ない援助機関の一つでした。開発援助に携わりたいと願った私にとって、運良くJICAに就職できたことは、自身の目標を追い続けるための道が開かれたということであり、これからも開発援助の分野で働く意義を、日々の仕事を通じて考え続ける機会が得られたとことを意味しています。

 

「国際的な仕事」とは何か

前述したように、「国際的な仕事」には数限りない選択肢が存在します。大学4年間を通じて様々な人・考え・モノに触れることで、選択肢の中から自分の道を見出す手がかりを得られると思います。この過程はとても悩ましく、苦しいものであり、私は就職して尚、開発援助の分野で働き続ける意義や、生涯の目標について迷い続けている部分があります。

しかし「国際的な仕事」を目指し、無限の可能性が広がる世界に挑むには、悩みと真摯に向き合いつつ、とりあえず一歩を踏み出してみる覚悟が求められているのではないかとも感じています。自分が選んだ道は、自分で正解にしていく。それがダメなら、またその時に考える。これが「国際派」を目指す私が4 年間で行き着いた答えです。

これから世界を目指す皆さんも、ぜひ様々な機会を通じて悩み、それぞれの道や目標を見出していってください。そして、悩み続けてください。またいつか、世界のどこかで皆さんと出会うことを楽しみにしています。

 

 

『NETWORK法学部2012』より転載