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法律学科

忘れ難い民事訴訟法のエートスを求めて
-『法学教育の四半世紀』考とゲーテの言葉

教授 川嶋 四郎  KAWASHIMA Shiro, Professor

専門分野 民事訴訟法
Civil Procedure, Evidence, Law of Remedies, Bankruptcy, Judicial System
研究室 光塩館501
  業績リスト
List of Research Achievements
教授 川嶋 四郎

私の研究:学生の皆さんへ

私は、これまで民事訴訟法を中心として、民事執行・保全法、倒産法、ADR(裁判外紛争解決手続)、裁判所法等をも包含する「民事救済法」という法領域を構想しつつ研究し、その成果をもとに教育に携わってきました。それは、「インクルーシブな民事訴訟法学」を創造するささやかな試みです。インクルーシブとは、「誰一人取り残さない」包摂的で温かな指針を意味しています。2015年に国連において全会一致で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の基礎にある考え方です。私の専門領域では、「正義の声」をあげ法的な救済を求めて紛争解決過程を利用する人々や企業、団体等が、誰一人取り残されることなく、手続過程における十分な主体的対論を通じて、どのように「公正な法的救済」を得ることができるかを探求する果てしなき営みなのです。「民主司法の救済形式」やそのエートスの探求と呼ぶこともできると思います。

ところで、同志社今出川キャンパスの地下に眠る足利義満の「花の御所」で、世阿弥は何度能を舞ったことでしょう。彼は「秘すれば花なり」と芸術論を語り、繰り返し「初心忘るべからず」とも記しました。しかし、義満の死後、義教によって彼は佐渡に流されました。当時72歳。彼はそこで人々に能を伝えましたが、それは生きる術でもあり、それにより彼は初心を貫くことができたようにも思われます。学び教え続けることの価値を考えさせられます。ただ、世の中には秘すれば花にするにはもったいない様々な事柄が存在します。私にとって、教職に就いて10数年後から始まった司法制度改革の四半世紀は、忘れ難い思い出であるとともに書き残したい叙事詩のような日々でした。それをまとめたのが、今年ようやく上梓することができた学術書『法学教育の四半世紀』。今年度の授業でも様々な機会に紹介していきたいと考えています。

今世紀初めに行われた司法制度改革の中で、諸手続が整備され創設されただけではなく、「制度は人」を合言葉に、法科大学院というプロセスを通じた法曹養成の中核システムが創出されました。今では制度的に安定しているように見えるものの、現在に至るまでには、様々な紆余曲折が存在しました。最盛期には74校も存在した法科大学院の数は34校にまで減少したのです。その間、法学研究者(大学教員)の養成は片隅に追いやられた感があり、民事訴訟法学の領域など、実務家が補完している側面もあります。それが、研究者養成の将来にとって幸か不幸か分かりませんが、いわば大学院博士後期課程の学びのプロセスは研究者涵養と思考の深化にとって得難い年月でもあります。そのような艱難辛苦のプロセスを経ることによって、見えてくるものもあると思われるからです。ゲーテは、『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』の中で、様々なものに対する「畏敬」の大切さを記していますが、その通りだと思います。SDGsで17項目も掲げざるを得なかったのは、世界的に見て他者への畏敬を踏みにじる不平等・格差・排除・陰湿さなどの諸問題が存在するだけではなく、法学、民事訴訟法学、そして学術の世界でもそうではないかと、上記の本の執筆過程で思い至りました。同時に、この四半世紀に亡くなった友人知人の面影も、時折思い出しました。

私は、せめて人のために法が生かされるべき民事訴訟法の世界では、公正が確保される制度の下で当事者平等・武器対等が実現され、個別事件の具体的文脈における法的救済が実現されることを願っています。さらに、心の傷が忘れられないように、人間味もユーモアも、学問の世界では忘れられてはならないのです。この秋沖縄に行く機会を得て、最後の官選知事・島田叡の「沖縄県民斯ク戦ヘリ、県民ニ対シ、後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という、忘れられたかのような電文の一節を思い出したからでもあります。「日本の学術の終わりの始まり」の事件である日本学術会議会員任命拒否事件でさえ忘れられつつある現在、少なくとも私の講義・授業では、自由で平等で公正な手続法の世界を、一人でも多くの皆さんに伝えることができればと思っています。

なお、多少とも私の「救済法」や「民事訴訟法」の研究に関心をもつ人は、『民事訴訟過程の創造的展開』、『民事救済過程の展望的指針』、『民事訴訟の簡易救済法理』、『民事訴訟法概説〔第4版〕』、『民主司法の救済形式』(以上、弘文堂)、『差止救済過程の近未来展望』、『民事訴訟法』(以上、日本評論社)、『公共訴訟の救済法理』(有斐閣)等を、また、法学教育等に関しては、『アメリカ・ロースクール教育論考』(弘文堂)、『法学教育の四半世紀』(日本評論社)を、さらに、日本史と裁判については、『日本史のなかの裁判』(法律文化社)等を、図書館で手に取ってみてください。

講義・演習・小クラス

2025年度は、学部では、「民事手続法概論Ⅰ・Ⅱ」、「ADR仲裁法」、「担保権実行法」、「民事訴訟法演習(2,3,4年)」、「特殊講義(アメリカ民事手続法Ⅰ・Ⅱ)」、「特殊講義(裁判と文学Ⅰ・Ⅱ)」、「特殊講義(国際商事仲裁Ⅰ・Ⅱ)」、「特殊講義(民事訴訟法Ⅰ・Ⅱ)」を、大学院法学研究科では、「民事訴訟法演習」、「担保権実行法」、「英文文献研究」、「論文指導」、「特殊研究」、法科大学院では、「民事訴訟法基礎演習」や「ADR法」の授業等を担当します。

学生の皆さんには、緊張感をもち、一期一会的な語らいの中で民事救済手続過程と向き合い、公正なプロセスのあり方を自律的に探究してもらいたいと願います。特に演習科目では、自由な雰囲気のもと、友人や家族を大切にできる多様な人材が集まることで、心豊かで刺激的な学びの場ができることを期待しています。

プロフィール

滋賀県生まれ。膳所高校、早稲田大学、一橋大学大学院で学び、九州大学大学院教授等を経て、現職。日本学術会議・会員。法学博士。これまで、市民の視点から、「人に対する温かい眼差しをもち社会正義を実現できる法律実務家や良き市民」等の育成に努めてきました。今日のような困難な時代だからこそ、学生・院生の皆さんとともに、政治やイデオロギーを超え、「自由で公正なプロセス」を探求し、合理的な配慮のもとで「人を大切にする制度」のあり方を共に考えていきたいと思います。